第三節 複文の定義と特徴
本研究では複文構文を対象として研究するが、本節では、先行研究における複文の規定を見極めて、複文構文の特徴を抑えたい。
複文については、従来沢山の規定がなされているが、いくつかを羅列してみると、次のようなものがある。
(10)a.ひとくみの主語と述語をもっている文のことをひとえ文と いいます。ふたつのひとえ文をむすびつけて、ひとつの文 にすると、あわせ文ができます。
(鈴木重幸1972:163)
b.ひとえ文(筆者注:単文)は、主語と述語との関係が一回だけとりむすばれていて、一つの出来事を表現する文である。あわせ文(筆者注:複文)はひとえ文が二回ないしはそれ以上、くみあわさっている文である。
(小矢野哲夫1995)
(11)a.二以上の句が相集まりて、複雜なる思想をあらはし、言語 の形に於いて拘束を有して一體となれる組織の文を複文と いふ。
(山田孝雄1908:1405、1936:1060)
b.「(単)文」とは、単一の述語を中心にいくつかの補語が結 びつき……それ全体が一つのまとまった叙述内容を表し ていると認められるもの、をいう。そして、それらがそこ で言い切りにならず、いくつかつながっているものを「複文」 と呼ぶことにする。
(寺村秀夫1982a)
c.「複文」とは述語を中心として組み立てられる構造体が複数 個存在する文、即ち述語を中心としたまとまりが二つ以 上集まって構成された文のことである。
(益岡隆志1997a:1)
d.複数の述語を含み、それゆえ、述語を中心とした複数のま とまりからなる文を複文(complex sentence)という。
(益岡隆志1997b)
e.複文とは、述語を中心に構成される節(述語と、述語に直 接あるいは間接に係っていく成分を含めた全体を節と呼ぶ ことにする)が複数くみあわさってできている文である。
(村木新次郎2007)
f. 単文とは、述語を一つもつ文である。単文に対して、述語を 二つ以上もつ文を複文という。
(日本語記述文法研究会2008:3-4)
g.(一語文ではなく)述語を中心に構成される述語文(二語文)という文の一種が複数集合して構成された文。
(前田直子2009:7)
(10)と(11)から、複文に対する認識の違いによって複文についての規定も異なるということが分かる。(10)と(11)という二種の規定の最も大きな違いは複文が主述構造を二つ(以上)持つか、それとも述語を二つ(以上)持つかということである。つまり、複文を成り立たせるために必要とされる条件は何かという問題であるが、主語と述語を二つ(以上)取るという条件を同時に満たすのは(10)の規定で、述語を二つ(以上)取るという条件を満たすのは(11)の規定である。では、主語を二つ取ることは複文にとって欠かせないものなのだろうか。
周知のように、日本語は「述語」に対する「主語」を探す手順になるので、主語が無くても述語によって想定することができる。そのため、日本語の主語が省略されることが多い。また、複文と認められるものの中で、必ずしも主述構造が二つ(以上)現れるとは限らない場合が屡々ある。例えば、(12)は連体複文構文と広く認められているが、「太郎が」は「あの難関大学に合格した」の主語であると同時に、「やってきた」の主語でもある。つまり、(12)は二つの述語が現れているが、主語が一つしかないということである。
(12)あの難関大学に合格した太郎がやってきた。
このように、主述構造を二つ(以上)持つものは勿論複文ではあるが、述語を二つ(以上)取るという条件さえ満たせば複文になる。つまり、本研究は(11)の規定に従っているのである。
複文は二つ(以上)の述語を取る文と規定される以上、述語を中心とするまとまりが二つ(以上)あるということが分かる。述語を中心としたまとまりは、「句」と呼ばれることもある。「句」は用言を中心とするものだけではなく、「名詞+の」、「名詞+格助詞+の」、「名詞+格助詞相当句+の」などの非用言的なものも含んでいる[16]。用言でない成分の修飾を受けても複文にならない。例えば、(13)はいずれも複文ではなく、単文である。よって、本研究では、一つの述語を中心としてまとまりをなす文の一部分を「句」ではなく、「節」と呼ぶことにする。
(13)a.こんなところに来てしまった。
b.太郎の本を無くしてしまった。
c.日本文学についての本を沢山読んできた。
これによって、複文の特徴が浮き彫りになってくる。複文は二つ以上の節から成り立っているが、この二つの節は文中での役割によって「従属節」と「主節」[17]に分かれる。複文は次のような形式的、構文的、意味的特徴を持っている。
形式的特徴:述語を中心としたまとまり、即ち「節」が二つ(以上)ある。
構文的特徴:従属節と主節から構成されており、従属節と主節が特定の構文関係で結びつけられる。
意味的特徴:従属節と主節が特定の意味関係で結びつけられる。
複文構文の特徴をよりはっきりさせるために、ここでは、野田尚史(2002)における単文と複文の区別基準を導入する。野田尚史(2002:8–10)は単文と複文との区別を検討する際、五つのケースに分けて論じている。一番目から五番目では、aは単文で、bは複文である。
一番目、節の述語といえるものがないほうが単文、あるほうが複文。
(14)a.私のおじさんが相談にのってくれた。
b.弁護士であるおじさんが相談にのってくれた。
二番目、節の述語が格成分をともなわないほうが単文、ともなうほうが複文。
(15)a.彼女はとてもおしゃれな服を着てきた。
b.彼女はデザインがとてもおしゃれな服を着てきた。
三番目、節の述語がテンスの対立をもたないほうが単文、もつほうが複文。
(16)a.吉田さんは、ほんとうに困った人だね。
b.困った吉田さんは、山本さんに相談してみた。
四番目、節の述語が実質的意味をもたないほうが単文、もつほうが複文。
(17)a.そういえば、最近、野村さん、元気ないなあ。
b.お願いするという口調で言えば、多分引き受けてくれるよ。
五番目、節の述語が現れていないほうが単文、現れているほうが複文。
(18)a.彼女は夏にはサーフィン、冬にはスキーをする。
b.彼女は夏にはサーフィンをし、冬にはスキーをする。
本研究では複文構文の特徴とこの五つの基準をもって単文と複文の区別をする。複文の特徴から分かるように、複文構文では、従属節と主節は特定の構文関係や意味関係で結びつけられる。では、従属節と主節との間にどういう関係が存在するのか。また、複文の考察に当たって問題になるのは、一口「従属節」と言っても、その中には異質的なものが含まれているので、単に主節と従属節を区別しただけでは、文法的に十分な分析を行うことはできない[18]。そのため、複文の文法的分析を進めていくには、従属節と主節との関係、ひいては複文の分類という問題を明らかにしなければならない。次節では複文の分類を見ていきたい。